デス・オーバチュア
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このままだと負けるな……ということは解っていた。 そして、その原因はあたしの予想とは少し違う。 あたしの『力』は尽きない……いや、正しくはあたしだけどあたしじゃないモノの力は尽きることなき無尽蔵の力なのだ。 尽きるのは、あたしという意識、あたしという存在である。 クロスティーナという、人格、意識、存在は消え去り、無尽蔵の魔力と『神気』を放出する器だけが残るのだ。 意識が消え、ただの器になった瞬間、戦闘は終了する。 ただの器には戦う意志、相手を倒すという意志がないからだ。 『見るに耐えないわね。お退きなさい、あたくしが片づけてあげるから』 穏やかで、優しげで、不自然なほど清らかな声(意識)が突然割り込んでくる。 (……マクロス!? ちょっとあなたがなんで、表層意識にまで出てくるのよ!?) クロスの思考、思索の中に、この自称クロスの別人格が割り込んでくることは今まで一度もなかった。 彼女と会ったのはたった二回だけ、深層心理だか、潜在意識だか知らないが、クロスの中の奥の奥の精神世界でだけである。 『こんな雑魚に手こずってもらっては困るのよ。貴方はあたくし、あたくしは貴方、貴方が倒されたらあたくしも心中する羽目になるのよ、お解り?』 (うっ……それはそうだろうけどさ……) 『だから、あたくしが代わってあげるって言っているの。あたくしなら、そいつをサクッと瞬殺できるから』 自信があるなんてレベルではない、マクロスはそれが絶対の真実であるかのように言った。 (ちょっと、待ちなさいよ。なんで、あなたなら瞬殺できるのよ!? あなたが前に出たって、使うのはあたしの身体でしょう?) 『あたくしが貴方より少しだけ賢くて、貴方より少しだけ質が悪いからよ』 (……えっと、それって、あなたはあたしより狡賢いってこと?) 『狡猾って言って欲しいわね。あたくしは貴方より少しだけ物を知っている。だから、今のあたくし……クロスティーナの戦力、装備であの男を倒す方法が何通りも思いついた。一つも思いつかないお馬鹿さんな、貴方と違ってね』 (うくっ……言ってくれるわね。じゃあ、教えなさいよ、その方法を!?) あたしとマクロスとの話し合いは続く。 かなり話し合っているが、表……現実の世界では、あたしが二、三回程、拳でアクセルの牙を弾いたぐらいの時間……つまり、数秒しか経っていなかった。 精神世界と現実世界では時間の流れが違うのか、あたし達のやりとりが脳内での光速での意志の疎通だからなのか、とにかく気分的にはかなり長く話している。 マクロスは自分の正体、あたしにとって自分がどういう存在なのか語った。 『で、最初の話に戻るけど。確かに、その籠手……えっとなんて名前だっけ?』 (えっと、まだ決めてなかったけど、そうね……神魔甲(しんまこう)なんてどう?) 『神魔……自分の力の本質は直感的に解ってはいるのね。確かに、神魔甲は、あたくし(魔の力)を無尽蔵に引き出して貴方に使わせている。でも、今の貴方じゃ魔の力は生かし切れない、使い切れていない。だから、今はあたくしと代わりなさい』 (嫌よ! これはあたしの戦い、あたしの手で決着をつけなきゃ意味ないの!) 『だから、あたくしも貴方なんだから変わらないじゃない』 (変わるわよ! あなたはあたしだけど、あたしじゃない! あたしはあたしの拳で決着をつけたいのよ!) 『なんて頑固な……解ったわ。じゃあ、知恵だけ貸してあげるから、後は勝手にやりなさい。ただし……』 マクロスは代価を……いや、この場合契約条件か?……を告げた後、確かにあたしに知恵を授けてくれた。 あたしが知らなかった知識、あたしでは思いつかなかったアイディア。 (マクロス、あなたとの契約……約束は絶対に守る。だから、この勝負にはいっさい手出し無用よ!) あたしは、マクロスにそう念を押すと、意識を現実の戦闘へと集中しなおした。 迸る火花。 いや、異界竜の牙と神魔甲の激突によって生まれる閃光と爆音は、火花などといった甘いものではなかった。 一発一発が相手を跡形もなく消し飛ばす必殺の一撃。 けれど、クロスとアクセルにとって、全ての攻撃はまだ『通常攻撃』に過ぎなかった。 「……ていっ!」 クロスは強めに異界竜の牙を弾き飛ばした後、後方に高速で移動する。 互いに拳も剣も絶対に届かない間合いだ。 もっとも、それあくまで直接剣や拳が届かないだけで、風圧だとか衝撃波で攻撃できないこともない。 だが、二人ともそんな間接的で脆弱な攻撃では相手に殆どダメージを与えられないことが解っているので、攻撃の手を互いに止めた。 「どうした? もう限界か?」 「ええ、そうね、このまま続けたらあたしの方が先に自滅するでしょうね。だから……」 クロスは右掌を突きだし、左拳を引き絞る。 「なるほど、一撃勝負か……」 「神に逢ったら神を滅し、魔に逢ったら魔を滅す、故に我が前に敵は無し! 我が拳に滅せぬもの無し!」 クロスの魔力を始めとするあらゆるエナジーが左拳だけに収束され、再現なく高まっていった。 「天上天下唯我独尊! 神魔滅殺拳(しんまめっさつけん)!」 神も、魔も、この世のあらゆるものを消し去る銀光がクロスの拳から解き放たれる。 その威力は言葉で表現することも、何かと比較することもできなかった。 最強、絶対、無敵、どの言葉もその力を表現しきるには物足りない。 「吼えろ、我が牙よ!」 技の名すら無し、アクセルはただ全力で異界竜の牙を振り下ろした。 それだけで生まれた衝撃と爆風が、解き放たれた魔の闘気が、神魔の銀光を遮り、ゆっくりとクロスに向かって押し返していく。 「ぐっ……ぅ……やっぱり、あたしの方が劣るのね……」 「自らの力で消え去るがいい」 アクセルがさらに『力』を加えると、堤防が決壊するように銀と黒の極光が氾濫しクロスを跡形もなく呑み込んだ。 「ここまで我と戦えた者に出会ったのはいったいいつ以来のことか……」 赫焉の悪魔王は気怠げな、だが、どこか心地良さそうに息を吐いた。 いったいどれだけの時間戦い続けているのか。 戦闘を開始したのは確か黄昏時だったと思うが、今では夜空の中天に満月が登ろうとしていた。 「ふん……あんたが戦い方に拘らなかったら、もっと速く決着はついていただろうな……」 ガイの黄金の鎧は所々に浅い傷が刻まれている。 さらに、黄金の鎧より酷い有様だったのが黄金の剣だ。 黄金の剣は刃こぼれだらけでまるで両刃のノコギリのようになっており、亀裂も走っている。 「流石にそちらの剣はもう限界であろう? 我の紅魔赫焉刃(こうまかくえんは)を何度受けたと思っている……折れぬのが不思議……いや、奇跡だな」 「ああ、流石にこっちは多くて三度……下手すれば後一度で折れるだろうな……だが、まだまだだ」 右手の黄金の剣と違って、左手の静寂の夜には刃こぼれ一つなかった。 黄金の剣と同じぐらい紅魔赫焉刃と打ち合いながらも、殆どダメージを受けず、仮に受けても瞬時に復元する。 十神剣最強の防御力を誇るという肩書きは伊達ではなかった。 「さて、名残惜しいがいい加減終わりにさせてもらう。ファントム……いや、アクセルの最後ぐらいは見届けたいのでな……炎蛇(えんじゃ)!」 エリカの背後の大地から、巨大な巨大すぎる炎の柱……いや、炎の蛇が噴火する。 「はっ……以前見せた炎の蝶などとは根本的に違うな……」 「無論だ、比較対象にすらならん。炎の蝶が文字通り無力な蝶なら、これは大地の龍……大地に流れる無尽蔵の力……我が象徴たる炎の蛇……見事退治てみせるか?」 「能書きはいい……さっさと来い」 「では、参るぞ!」 炎の蛇はその鎌首をもたげて、ガイに襲いかかった。 これで終わり。 魔闘気を込めた異界竜の牙での渾身の一撃……に耐えられる存在などこの世に存在しない、その上、あの神魔の銀光はネツァクの紫煌の終焉の数十倍……比較するのも馬鹿らしい程の威力を持っていた。 その二つが合わさった銀と黒の極光に呑まれたのだ、肉体も精神も魂さえ、原子一つ残さず消滅したに違いない。 だが……。 『Ain(アイン)!』 声が響いた瞬間、銀と黒の極光の奔流が一瞬でこの世界から消滅した。 「なっ!?」 アクセルの目の前に姿を現したのは、銀糸で奇妙な紋様の描かれた黒い布切れ。 デミウル・アイン・ハイオールドがかって身に纏っていた黒いコートの成れの果てだった。 アクセルの視界を塞ぐ黒いコートの向こうからクロスが飛び出してくる。 「滅殺! シルバーナックルッ!」 クロスの両手にすでに神魔甲は無い、黒い手袋に戻ったクロスの左拳は銀光の輝きを放ちながら、アクセルの仮面に直撃した。 「……はっ……これで、空っぽ……よ……」 クロスは左拳を突きだしたまま、前のめりにアクセルの足下に倒れ込む。 「……アインの衣か……」 アクセルの手から異界竜の牙が力無く離れ落ちた。 「魔術師、お前の名は?……いや、聞くまでもないか……銀の髪の……あの男の娘……」 Ainとは『0』。 原因無き原因。 Ainは存在ではなく、 全ての概念を超越したもの、不可知のものであり、全ての考察を無効にする『永遠』にして『無限』の原理と定義されるものだ。 カバラ魔術のセフィロトにおいて頂点であるはずのケテルのさらに上部に位置する段階。 0、完全な無にして、全ての有、『神』そのもの。 「アイン……いや、偽神(デミウル)よ……どうやら、私はお前の道化に過ぎなかったようだな……」 かってファントムにはアインという名で呼ばれる男が居た。 知識と技術、そして財力を提供し、アクセルとコクマと共にファントムという組織を生み出した創始者の一人でありながら、いつのまにか消えていた男。 「クロスっ!?」 黒髪の少女が門を切り裂いて、部屋に飛び込んできた。 「もう一人の娘か……そして、コクマの娘でもある……クリアの死神……」 アクセルの仮面が内側から破裂するように砕け散る。 金髪碧眼、片目を切り裂くような深い傷があることを除けば、ラッセルにそっくりな美貌がそこにあった。 「……アクセル? クロスに何をした!?」 黒髪の少女タナトスは、今にもアクセルに飛びかからんと大鎌を構える。 「実におしかった……もう少しだけ早く……私との打ち合いでここまで力を消費する前にこの作戦を決行していれば、私を倒しきれたものを……」 虚をつかれ、無防備にシルバーナックルを顔面に打ち込まれた。 頭の外面と内側から同時に魔力と衝撃を注ぎ込まれ、両面から爆砕された……だが、この程度ではアクセルは死ねない。 神魔滅殺拳ならともかく、シルバーナックルでは駄目なのだ。 いや、神魔滅殺拳どころか、神魔甲での一撃ですら充分アクセルの頭部は吹き飛ばせたはずである。 だが、あの瞬間のクロスには神魔甲を装備維持する魔力さえ残っていなかったのだ。 それがクロスの敗因である。 アインの衣でアクセルの虚をつけるのは唯一度だけ、持っていることを知られたら、冷静に地味にアクセルに対処されてしまうとクロスは読んでいた。 唯一度だけアクセルのどんな攻撃でも無効化し、カウンターの隙を生み出す、それだけがこの衣の使い道。 それを生かすには、クロスの身体を覆い尽くし、アクセルに絶対の勝利を確信させるだけの最大最強の一撃を撃たせる必要があった。 その一撃を誘い出すためには、自分も最大最強の一撃を放つしかない。 全てはクロスの狙い通りだった。 最後に力が僅かに足りなかったことを除けば……。 「……ぐっ」 アクセルは右手で顔面を覆うと、立ち眩みのような仕草を見せた。 目眩。 いくらシルバーナックルが弱い弱いといっても、それは神魔甲と比べたらの話だ。 普通の人間だったら頭が吹き飛んで、脳髄を飛び散らしている一撃だ……この程度のダメージで済んだのなら幸運だ。 「……さあ、始めようか、クリアの死神よ。儀式の終了までもう時間がない……後数分で闇皇の召喚は開始される……」 アクセルは異界竜の牙を拾い上げると、タナトスに向き直る。 「くっ……」 タナトスは大鎌を握る手に力を込めた。 会話することなどもう何もない。 倒れているクロスが気になるのなら、この男を少しでも速く倒せるように頑張る……それだけだ。 もっとも、速く倒すなんて甘い考えの通用する相手でないのも解っている。 倒せるか倒せないか解らない相手……いや、倒せる可能性の方が低い相手だ。 全快の状態でもそうなのに、今はティファレクト戦でのダメージ……消耗が激しい。 切り札であるリセットもいまだ眠ったままだ。 「だが、それでも……戦うしかない!」 「そうだ、最後の瞬間まで戦え、足掻いてみせろ!」 アクセルは異界竜の牙を振り上げる。 「滅っ!」 タナトスは迷うことなく、全力でアクセルに斬りかかった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |